形成外科分野の先端医療
形成外科分野の先端医療
末期がん患者の苦痛、例えば疼痛や、吐き気に関しては緩和医療の介入・支援が一般的になり、患者は短い余生を家族とともに安楽に暮らせるようになってきました。
形成外科では、あらゆる皮膚の創・潰瘍を閉鎖し治癒させることができます。
ただし進行がんに伴う潰瘍に対しては、患者の余命が半年足らずしかないことを理由に積極的な治療が行われてこなかった歴史的経緯があります。
ところが進行した乳癌や内臓がんの皮膚転移による皮膚潰瘍が生じた場合、キズがら出る大量の浸出液、出血、悪臭のため家庭での創管理ができません。
そのため余命短いにもかかわらず、患者は家族から切り離されて入院生活を余儀なくされる場合がしばしばあります。
Palliative Surgery(緩和手術)とは患者の苦痛を伴う症状を軽減もしくは消失させることを目的とした手術です。
長崎医療センター形成外科では、緩和手術としてこれら皮膚潰瘍に苦しむ末期患者に対する創閉鎖を行っています。
2010年からの4年間で12例の緩和手術を行ってきました。いずれの患者も末期がんで浸出液、出血、悪臭、創痛に苦しんでいました。
全例手術によってこれらの苦痛を取り去ることができ、家庭で余生を送ることができるようになりました。術後の平均無症状期間は9.5カ月、術後平均寿命は14.4カ月でした。
しかも症状が患者に及ぼす影響を検討したところ有意差を持って改善が認められました(The Japanese version of the Support Team Assessment Scheduleによる検討)。
Palliative Surgery(緩和手術)は、2週間程度の入院手術と引き換えに、1年以上の家庭での家族と一緒にいる生活と、苦痛からの解放を提供することができます。
写真は肺がんの顔面皮膚への転移症例です。疼痛と出血もさることながら顔貌の変形は患者には耐えられない苦痛となり、全く人と会わなくなってでうつ症状をきたしました。手術を受けて1週間で自宅に帰った後は毎日散歩に出るほどに精神状態も改善しています。1年後に原発の肺がんのために家族に囲まれて永眠しました。
皮膚の悪性腫瘍の患者において遠隔転移がある進行例では大半が無為に経過観察がなされており、腫瘍からの悪臭や大量の滲出液排出があっても 患者が我慢するのみで治療をうけていない現実があります。
これらの症例に対しては緩和手術(palliative surgery)で症状が緩和され、QOLが改善されます。
皮膚からの滲出液排出がなくなることや食欲もでてくることで栄養状態が改善し、化学療法などが開始・再開でき、予後の改善にもつながる可能性もあります。
ただし緩和手術は根本的な癌治療ではないため、以下の3条件をクリアしない場合は手術行うことができません。
1.手術により皮膚症状の改善が確実に見込める
2.患者が自己の状況を理解し、根本的な治癒を目指した治療でないことを理解したうえで手術を望む
3.単純で簡便な手術が可能である
(M.Fujioka, A.Yakabe ; Palliative Surgery for Advanced Fungating Skin Cancers. WOUNDS, 2010 )
私たちのこの試みはすでに国際学会でも評価を受けて海外でも招待講演をしていますし、英文論文としても発表しています。この報告を読んだアメリカの医師から以下のような手紙がきました。
Dr. Fujioka,
I enjoyed your recent article in Wounds about surgery for fungating wounds. I am planning an educational program on palliative wound care. I am writing to see if it is alright with you if I use some information from your article. This is a very important topic to discuss. Those who suffer often suffer in silence, without the quality that their last months deserve. Thank you for your consideration.(緩和手術は大変重要で、大いに論議されるべき大切な問題です。私は緩和創傷ケアに関する教育プログラムを作りますのであなたの資料を使わせてください。これらの苦しみを得ている患者は沈黙の中で、当然受けるべき福音を得ることなくむなしく最後の日々を送っています。)
Jennifer Hurlow Memphis TN
彼女の申し出に勿論賛同して、症例写真の提供をしました。アメリカでは既に以下の絵のように若い医師や学生、看護師たちに緩和手術(palliative surgery)も啓発と教育がなされています。
頭頸部癌治療は完全な腫瘍組織の切除を要するために、骨・軟部組織の大きな欠損を生じますが、顕微鏡下に細い血管を吻合すし、組織を自由に移植するマイクロサージェリーの高度な技術を駆使することによりこれらの顔面の変形を再建することができます。
マイクロサージェリーは例えば食道がん切除後の食道再建に空腸を移植したり、上顎洞がん切除後の組織欠損を骨や軟部組織で再建するような頭頸部癌の手術において欠かせない技術です。
写真は前腕の軟部組織欠損と同時に動脈も断裂しており、手先への血流が途絶しています。
手が壊死してしまいますので血行再建が最優先となりますが、通常の血管移植の代わりに、動脈欠損部に皮弁への血行が得られる外側大腿回旋動脈を移植することで手先と、皮弁への両方の血流を供給する方法を行いました。
この方法では術直後から手先への血行が得られ、また創のない状態に持って行けます。
(症例写真はいずれも患者の同意を得て使用しています)
前立腺切除時に前立腺の真横を走るcavernous nerve を切除すると勃起機能を失います。
これに対して従来から神経再建が行われていたのですが、勃起機能獲得率は18-60%でした。患者が高齢とはいえあまりにも悪い術後成績です。
原因は神経縫合を行う場所が骨盤の最深部で顕微鏡下での繊細な神経縫合ができないことにありました。
そこで縫合部に静脈によるガイドを巻きつけ神経縫合部を密着する方法を開発しました。
この新手術方法を用いたところ陰萎からの回復率が85% となり、75%が性交可能にまで回復しました。
この手技は泌尿器科の専門雑誌British journal of Ulorogyに報告しましたが、そのあとロイター社が取材に来てReuters Health Newsに掲載されるという名誉も得ました。
(症例写真はいずれも患者の同意を得て使用しています)
軟部組織損傷を伴う受傷四肢開放骨折の治療戦略として強固な骨固定に加えて有茎・遊離皮弁による軟部組織再建を同時に行うFix and Flap surgeryは、新しい標準的治療法として推奨されつつある。
長崎医療センターは形成外科・整形外科の協力により本方法を積極的に取り入れ早期の創閉鎖、骨癒合、リハビリ開始、社会復帰を実践している本邦でも数少ない治療施設である。
図1:受傷7日目。Fix and Flap surgery術中写真。脛骨を髄内釘で骨固定した後、脛骨全面―腓腹部の皮膚欠損を認める。
図2:術後のレントゲン写真。右脛骨は髄内釘で固定されている。
図3:術後3週間。創はほぼ閉鎖されている。
図4:術後4週間。1/3荷重で歩行リハビリを行っている。
図5:左脛・腓骨開放骨折、腓腹筋・ヒラメ筋・前脛骨筋圧挫断裂、皮膚欠損創を認めた。
図6:受傷6日目。Fix and Flap surgery術中写真。脛骨を髄内釘で、腓骨をプレートで骨固定した後、脛骨全面―腓腹部の筋肉・皮膚欠損を認める。
図7: 前外側大腿筋皮弁をFlow-through flapとして移植した。術直後の写真。
図8:術後造影CT写真で前脛骨動脈が再建されていることが認められる。
図9: 術後のレントゲン写真。左脛骨は髄内釘で腓骨はプレートで骨固定されている。
図10:術後5週間。皮弁は良好に生着し、全荷重で歩行している。
失われたり機能不全に陥った組織や臓器を再生させる「再生医療」は、IPS細胞の発見によって脚光を浴び、今後の医療の主流となると言われています。
一方、熱傷治療は、自分の皮膚を移植する「皮膚移植」で創を閉鎖治癒させますが、50%を超える広範囲熱傷では採取する皮膚不足のために熱傷創をカバーしきれず死亡する症例も少なくありません。
この問題点を解決すべく表皮細胞の培養の研究が行われ、日本初のヒト細胞・組織利用医療機器として、自家培養表皮の製造承認が了承されました。
この技術で1cm2程度の皮膚から3週間の期間で1000cm2を超える培養表皮を作製することが可能となりました。
これを熱傷創部位に移植すると、患者自らの表皮細胞なので速やかに生着し、重症患者を救命することができると期待されています。
しかし培養表皮自体は感染に弱く、感染創においての生着率が極めて低い点が問題点としてあげられます。
また、培養期間に少なくとも数週間の日数を要する点も広範囲熱傷に応用するにおいて大きな障害となります。
例えば広範囲熱傷患者から受傷直後に切手大の皮膚を採取し、表皮細胞の培養を行った場合、数週間後創面を被覆するだけの表皮シートを得たとしても、そのころの熱傷創面は感染を伴っていることが多く、培養表皮を移植することが不可能な状態となっています。
このように、全身管理を含めた熱傷専門治療施設でなければ先端技術も使いこなせないため、培養表皮移植は施行できる病院が限定されており、長崎県では長崎医療センターが唯一の承認施設です。
2011年4月28日に長崎県初の自家培養皮膚移植術が60%3度熱傷の患者に対して行い救命しました。従来ならば救命が望めないこれら重症熱傷患者に対し、「再生医療」は治癒への希望を抱かせてくれます。
これ以降既に12例の患者に同様の皮膚再生医療を行っており熱傷患者の集まる当院ではますますニーズが高まるものと思われます。
写真1:自家培養表皮
写真2:体幹全周の熱傷創面に自家培養表皮を移植しているところ
写真3:自家培養表皮後4週間・8週間・4カ月
8週間
4カ月
(症例写真はいずれも患者の同意を得て使用しています)